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足跡Ⅳ ~追究~
2010/05/24(Mon)
 夏休みが始まる2週間前、担任が身体の不調を訴え夏休み明けは新しい先生が来ると
手紙で知った。 
 私は担任や学校の責任だと思っていたのでそのことを知りかなり安心した。


 夏休みに入って長男は”学校へ行かないとといけない”という気持ちから
解放されたのか少しずつ食べれるようになり笑顔も戻りつつあったけど体調面や情緒の
敏感な状態はまだまだ抜けなかった。
 大手ショッピングセンターへ行っても人を怖がり「誰かがにらんでくる」と
身体を震わせ抱きついてきたり「腹をさすってくれ」と言ったり一日の食事はウィダーやお菓子
だけの日もあった。
 
 そんな状態でも義父や義母は川へ連れて行ってくれたり長男の食べたい物を作ってくれ
たりもした。
 旦那は仕事が忙しい時期でもあったけど長男がこんな状態でも休みの日は
中学のバスケットコーチを引き受けてる為、ほとんどそっちの方へ関わっていた。
 私は仕事なら我慢できた。
だけど家族がこんなに苦しんでいるのに休みの日ぐらいどうして関わってくれないのかと
逃げているようにも感じ旦那に対して苛立った。そのことで、何度も言い合いもした。
 
 息子達は旦那の実家には楽しみして行っていたし私も何があっても大丈夫だと預けることに
抵抗もなく安心出来た。
 義母は仕事が休みの日は「アイ母、疲れてるだろうから 長男と次男の面倒見てあげるから」
と義父と息子達を川で魚釣りや山へ行ったり公園へ連れ出してくれた。
そんな心づかいが嬉しかった。 旦那ができない分舅と姑がしてくれたことで私の気持ちは
随分、楽になったし私自身も疲れた心を解放出来たように思えたけど旦那への”苛立った気持ち”
は今までずっとため込んでいたんだと思います。

 息子達を預かってもらう中、どうして長男がこんなになってしまったのか・・・
どこの病院がいいかと調べ、本を読みあさり、一か月待ちの児童福祉センターへ行ったり。
 その頃の私はパソコンを使うことすら疎くインターネットを使うのはトップニュースをみるか
オークションで買い物するか、、、というだけ。
 だけど、長男のその時の状態を調べ原因を調べることに一日中パソコンに熱中した。
たくさんのカウンセリングルームを探し、どうしら治せるのかと必死に探した。
だけど、私が知りたい”これだ!”というものもなかったし何を知りたいのかも分からず、
ただ、原因を正確に明確に知りたい。  ただそれだけ・・・


 病院を駆け巡り何軒もの心療内科へ行ったけれど、長男は薬を嫌がり絶対 飲もうとはしなかった。
私は薬で不安定な長男を落ち着かせたかったし楽になって欲しかった。
 私の思うようにならない長男に困惑しながらも、苛立つこともあったけど怒ったり叱ったりすることは
私自身が怖かった。  また、パニックを起こすんじゃないのかと・・・。
今は、あの時 薬を飲ませ落ち着く長男を見ていたら きっと今このコミにいないと思う。
薬で楽にさせ逃し逃しでずっと同じ場所にいるだろう・・・ それを思うとマジ怖くなる。

 そして、夏休みの終わり頃には大分 体調も良くなったと思い学校の用意を促した。
まだ、新任の先生が決まらない中 その引き継ぎを教頭や校長が受け持ち長男は学校へ行っていた。
連絡帳で日々の様子を伝える中、2週間後 新しく臨時で女性のきゃしゃな先生が決まった。
学校役員は長男の今までの事を担任へ伝えておらず私が今までの経緯を話すと、
以前 同じような生徒を受け持った事があるとその時のことをお話してくれ、
「長男くんのことは私が出来るだけのことはします。何でも言ってください」と
心強い言葉をかけてくれた。
長男も、その先生を気に入り 「お腹が変になったらさすってくれた」「抱きしめてくれた」と
学校で不安になったらとてもよく対応してくれ、私もとても安心もでき嬉しかった。

その間、学校(先生)から長男が「帰りたい・・・」「母さんに会いたい」と言うので迎えに来てくださいと
言うこともあった。
 迎えにいくと不安そうな顔つきをし保健室のドアを出て私を待ってる姿は今でも忘れられません。

 その先生も長く続かずその先生は臨時ということもあり 私事の都合で県外へ行くこととなった。
わずか、2か月。秋休み明けから担任がまた変わることに長男の気持ちも落ち込んだ。
 私もまた、ころころと先生が変わることに苛立ちもあった。
そこには、”裏切り”という自分の感情もあったように思う。
 次の先生も臨時で若く、教員採用されたばかりの男の先生。教師になりたてのうえ、
若いだけあってピュアだった。
休み時間には子供と外で遊んでくれる先生で生徒から人気があった。
 その先生にも学校役員は長男のことは伝えてくれてはいなくて
また 最初から伝えなくてはいけない・・・
私は長男の事を伝えることに嫌気がさしていた。何度も何度も同じことを、、、そこから逃がれたかった。
学校への不信感が私を苛立たせた。
 そんな中、息子達が学校へ行っている間も私はパソコンで長男の原因の追及を模索していた。

 そして、たくさんのブログを彷徨う中、りんりんさんのブログ ”歩いていこう”に出会った。
私が知りたかったこと、聞きたかったこと、同じ苦しさ、同じ辛さ悲しみ・・・
ブログにはぎっしり詰まっていた。  2008年 秋 りんりんさんの過去のブログを1週間かけて読み、
人の文章で初めて涙を流した。  その涙は、自分の思いと重なった安心感と安堵感が入り混じっていた。
私一人がこんな思いしてるわけじゃないんだと・・・・。

 長男は担任の先生と何かがあったわけではないけど、週に何度か学校を休みだした。
不安定になると学校からの電話がりそれが日に日に多くなっていった。
私は電話音に怯えビクビクし学校からだとわかるとドキドキして・・・
そして学校も行ったり行かなかったり、早退を繰り返した。
そして行くこと拒むようになり、私もどうしていいのか分からず精神的に疲れ果てていた。

 誰にも相談できず、りんりんさんのブログだけが私の心を勇気づけてくれた。

長男が学校へ行けないことは
私だけが感じる”私のプライド”が崩れる思いだった。
私に対して世間があざ笑うかのような・・・

今まで、偉そうに子供の自慢をした自分に。
そこには、理論や持論を語っては 自分が正しいんだと言い切る
ぐらいの言葉力があったように思う。
相手の楽しみ、相手の思考、相手の興味、趣味さえも考え直したら?と。
それはやさしい言葉で伝えてたとしても結局は自分の思い、思考だけをつき通そうとする。
持論や理論は相手を困惑させ、否定し、距離を作ってしまい相手の本音や気持ちを瞬時に打ち消して
しまうそんな力があるということをまだ知らない私でした。




 

 


  








   






 

 
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