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足跡Ⅱ ~責任~
2010/05/19(Wed)
 それから長男は1週間ほど学校を休んだ。
と言っても、私が勝手に”行かせよう”と決めたこと。
その、1週間は長男の喜びそうなことで元気になるように
ゲーセン、スポーツセンター等で
私も旦那も仕向けて行った、と同時に根ほり葉ほりと
何が嫌なのか、誰がどうとかこうとか
学校で何かあったのか、学校の何が不安、不満なのか・・・
たくさんの理由を聞いた。
「先生が怖い」という言葉にすべて学校に責任があるんだと思っていた。


確かに4年生になった長男のクラスは学級崩壊が起こり、やんちゃな子ばかり
集まったクラスだった。授業中も立ち歩いたり教室から出たり
ケンカも多く物を投げ合ったり、、、
 どうして、こんなに偏ったクラスにしたのかと怒りが湧いた。
そして担任の先生もあまり良くないと噂され休職されていたけど長男が4年生に
なったと同時に復職された先生。
後にその先生はうつ病を患っての休職だったと聞いた。
長男が先生に言われた「こっちに来るな」「しゃべりかけるな」「お前らKYだ」など
この言葉は私が長男に対して言っていたことなのです。
言ってなくてもそう感じていたのかも知れない。

自分は誰にも受け止めてもらえない孤独。
自分の存在が消えそうになる恐怖。
誰の為に何の為に生きてるんだろうという空虚感。

ずっとずっと長男が抱えてきた心の闇。
まだまだ、気付くことができなかった。

 
 1週間後、長男は学校へも習い事(バスケ、習字、塾)へも行った。
担任とも連絡をとりながら、、、それは私が担任を否定してることと一緒だった。
~しないでください。~言わないで下さいと・・・

そして、長男の同じクラスに子供がいる友達が心配して連絡をくれ今までの事情を言った。
すると、クラスの保護者を集めて保護者会を開いてくれ
意見や要望を校長先生に伝えたほうがいいという方向になっていった。
 そこでも、子供が学校へ行きたくないと言ったり、お腹が痛くなったり頭が痛という
保護者もいれば、何も言わない、言ってこないという保護者もいた。

私はこの時点で長男が学校へ行けていることもあるけど
長男と一緒に思う子もいるんだと周りと同じであることに安心感
を感じていたように思います。

 そして、頑張って1カ月学校へ行った長男は再び行けなくなりました。
行くことを頑張っていると分かって行かせた私。
 
 その頑張りは再び学校へ行けなくなった長男を最初のパニックより
苦しく辛い思いをさせてしまうことになるとは知らずに。

自分達の責任だとも全く思わないでいた。




 






 




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