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2011/06/17(Fri)
 今日は、久々にいいお天気で窓から風がふわ~と通り抜けて気持ちいいなぁ。。。

 
 今日は、先日のセッションの中で私の核心となったことでもあり
りんりんさんのブログにも便乗して私のきょうだい間の回想を書こうと思います。


 私と妹は年でいうと二つ違いです。

 幼い頃、私が友達の家に遊びに行こうとすると後から泣きながら追っかけてきて
私は一緒に遊びたくないがために妹を振り切り必死に逃げていたことを思い出します。
 だけど妹は自分の友達と遊ぶ時は私がいても何も言わず嫌がらずに遊んでくれました。
今では、「おかげ様で足が早くなって良かったよ^^」と妹は言ってくれます。

 小学校の頃、母に私が怒られ外に出された時も
「おねえちゃん、謝りんさい。中に入れるよ」
叩かれて、お灸をされるときも母に
「お願い~!お姉ちゃん謝って~」と必死に身体を張って私をかばってくれた。

けど・・・反対に妹がそうされた時の私の態度はただ、ボーっと客観的に見てるだけで
 妹を、助けることもかばうことも私には出来なかった。
助けても、かばっても母の気は治まらないないんだし・・・という母への諦めが
私の心も体も固まらせていたんだと思う。

 後に、残るのは自分への罪悪感。
いつも、かばってくれてるのにどうして自分は助けてあげれないんだろう・・・
お姉ちゃんなのに・・・。

 そんなことが繰り返されるうちに両親が自営を始めた為、私が小4、妹が小2の時、
両親とは ほとんど接する機会を失った。
 今まで、止められていたケンカも殴る蹴る、髪を引っ張るなどとしたい放題。
反面、共通に楽しんでいた、かわいいメモ帳の交換や着せ替え人形、つみきを
使って家を作ったり、お互いマンガを描いて読みあったり、お祭りに行ったり・・・と
すごく仲いい時もありました。
今でも思い出話に盛り上がることもあります。

 中学の頃、本格的にきょうだいだけの夜を過ごすようになっていて
それまで父方の祖母が夕方から来ていてくれたけど私が中学へ上がり
ほとんど私が家事を任されました。 

それが私たちきょうだいの普通の生活。 他の家と比べることもなく
私も当たり前のようにやってきたのです。

 それが普通ではないことは高校で友達に「大変だね」「苦労してるんだね」って
言われて、「え?! そうなの?」とつい最近までそんなことを思えないでいたし、
”私はこれだけ頑張ってきた”という強さやプライドに変わっていったのだと思う。
 
 高校生の頃、両親が離婚し私たち兄弟は父の方に付きました。
母の居ない生活に慣れていた私たちは寂しさを感じることもなく
3食のほとんどは自分たちで作り掃除、洗濯も分担しながらやっていました。
  母が出て行き、少し経った頃 私は友達や先輩と遊ぶことが楽しくて
夜遅くまで遊び、今までやっていた家のことも投げ捨てるように
やらなくなりました。 
そうなると私の代わりを中学だった妹がやらざる負えなくなって
小学校低学年だった弟の母親代わりになり家のことも妹にさせるようなってしまったのです。
 一生懸命に家事をやる妹を横目に見て見ぬ振りして遊んでいる自分に
罪悪感を感じることとなりました。
このことをりんりんさんに以前お話したとき
「あの時、友達や先輩と一緒にいたことは悪いことじゃないよ。
 アイさんが自分を守るためにそうしたんだよ」と言ってくれ
少し、罪悪感が消えたような感じがしました。

あの時、自分の寂しさ逃すために心を守るために外向きにならなければ
押しつぶされそうな私だったのだと今はそう思います。

 その後、私は働き、妹は高校へ。
お互い冷却期間に入りました。
 話すこともなくなり会話もすぐに口ゲンカになるので極力しゃべることもせず・・・


 そんな私たちが不思議と連絡を取り合うようになったのは
私が結婚1年前頃。
結婚前ですが私は主人の実家でお世話になっていて、
実家にはずっと帰らない時期に何故だか覚えてはいないけど
妹が長くお付き合いしていた彼と別れ落ち込んでるとういことが私の耳に入り
それまで妹のことは考えたこともなかったのに その時は
”なんとか妹の力になりたい、どうにかしてあげたい、”
という気持が湧いてきてその頃、スノーボードにハマっていた私は妹を誘い
何度か連れて行ったことがあり、そこから頻繁に話たり買い物いったりランチしたり・・・

 まるで、昔の仲を取り戻すかのようにお互いが引きあっていきました。

 今では、旦那の愚痴をいいあったり(笑)過去の回想に付き合ってもらったり、
互いの過去を慰め合ったり、、、


 同じ境遇、同じ孤独、同じ寂しさをお互いが
埋め合ってきた私たちに”強い絆”がつくられていたのです。

 その中に誰も入りこめない領域。誰も寄せ付けない。

 私が今、旦那、息子たち、他者に対し興味を持てないことや
きんたろうさんやりんりんさんがどんな質問をしても
私の淡々とした態度は変わらず冷静で揺るがないのはどうしてなのか
ずっと探していてくれたようです。

”私一人でも大丈夫”というオーラの正体は
この”絆”からなんだとお二人から指摘され腑に落ちた感じがしました。

 妹が分かってくれてる、妹さえ分かってくれれば、妹は私から離れない・・・
そこが私の強さや意地を守ってきたのかもしれない。

 だけど・・・お互い、慰めあっても前には進めないし
いつまでも一緒にはいられない。

そろそろ、過去とお別れしなきゃね。

それぞれの道、探さなきゃね。

絆も大事にしながら。。。 

私の妹として出会えてよかった。 ありがとう


  
  












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