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足跡Ⅵ ~孤独~
2010/06/10(Thu)
 久しぶり?!の更新です。 気持ちの揺れにエネルギー切れてました^^;
違和感・・・知ってしまうと、、、心が修正しようとしてしまって 
その枠にハマらないと気持ちがイヤ~な方向へ引き寄せられる、、、
その引き寄せられる間の感覚がモヤモヤ感を発信する合図なんだなぁ~。


 ここ最近、家族ブームがあります。。。 
夕方、陽が落ちた頃に家の前でバドミントンをすること。
 息子達とラリーが続くと不思議と一体感を感じます。
そして、私が息子達とする時は打ちやすく返って来るような
フワ~っとやさしい球を返したり、取れそうにない球も取ろうとする。
だけど旦那とするときは、、、真剣勝負! スマッシュ三昧^^;敵対心丸出し、、、  
色んな方向へ球をコントロールして旦那を動かせ揺さぶる・・・「動け~」と
そんな私は意地悪~い( ̄ー+ ̄)ニヤリ 
旦那も愚痴りながらも負けじと向かってくる。またそれはそれで息子達とは違う空間が出来たり
それを見ている息子達も面白おかしいらしく点付けに気合が入る。

 バドミントンは夕飯を作る合間に母が私と一緒に遊んでくれた
楽しかった大切な記憶の一つです。。。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 この頃の私は人と接する機会を自らシャットアウトした。
外に出ることも億劫になり買い物も学校保護者と出会うことのないように
時間をずらし、少し遠くのスーパーへ行ったり、、、
人と話すことすら拒否した。
 それでも、どうしても話さなければならない時は人前では明るく元気に振る舞い
気持ちとは別の私を演じた。
 
そんな中で夫婦でも大きな亀裂が生じていた。 長男の不登校に加え
夫婦間の問題は私にとても辛く、苦しく、、、そのことを誰にも話すことが出来ない
私は日々、溜息の連続。
”どうして私ばかりこんな目に合うんだろう・・・”
その横で元気を取り戻し、ゲームしたりテレビみたり好きな時に好きな物を食べ寝たい時に
寝る長男に対し怒りが湧き、
「ゲーム出来るなら学校いけるんじゃないの?」とか言葉を発しなくとも視線や態度で表して
いたと思う。

 唯一、パソコンの中の情報やブログ、コメントが人と私を繋ぐ手段になっていた。
そして、その中の情報から親子カウンセリングの心療内科を見つけた。
 それまで、不登校に関しての本を読み、児童福祉機関へ行き、心療内科をはしごし
私達、親の接し方のことを遠まわしに言われるけど
”だから私たちはどうすればいいの?どうすれば学校行けるの?どうすれば元気になるの?”
とただ絶対的な方法論と答えが欲しかった。
 ”ここだ!”と思えた心療内科は低年齢である息子を受け入れてもらえる
不登校カウンセリングルーム。 
低年齢だと心療内科を探すことが困難で、結局、市が運営する児童相談所などを
紹介されたり連絡しても1カ月~3か月待ち。
私は学校へ行けない長男に焦りを感じていた。
 通い始めたカウンセリングルームは私と長男を別室にしてそれぞれ話を聞くという
形式だった。 長男は行くことを最初は嫌がっていたけど「治るなら・・・」と。
長男を私の意向で行かせるように仕向け私自身が安心したかった。
行く途中にもお腹をさすりながら行ったこともある。


 そして私の満足を得る為に通い、自分が変われた気がした。
話を聞いてもらい「今までよく頑張ったね」とねぎらいの言葉や褒めてくれる。
行く度にカウンセラーの前でとめどなく涙が溢れた。
そこでも「お母さんが変わらないと息子さんも変わらないよ」と言われ
やはり、私のしつけ=”母業”が間違ってたんだと認識していた。
そこから息子達への対応事態 右も左も分からない私に的確に答えをくれ
明確に指示してくれるカウンセラーに心強く思い私はその通りに息子達を動かした。

家族ルールを作ったり、ダンボールで基地作りをさせてみたり
学校に慣れる為校門タッチをさせてみたり・・・全部 意図的な事ばかりだった。
理論、論理、方法・・・今まで私が得意としていたこと。
自分の求めていることだと感じそこに居座る私は心地よくすんなりと入り込んだ。

 長男は後に、、、そして今も行っていたカウンセリングルームの前を通ると
「ここに来ることが一番嫌だった・・・」と言う。
その頃のことはミクシーのもブログ化しており記事の内容やコメントも
相手から欲しいコメントを求め、自身も相手の求めるなコメントをしながら
どこか上から目線、支配性のある(刺々しい)内容であり最後文のしめくくりは
心に無い”ありがとう”や”ごめんなさい”時に絵文字で相手を誤魔化す。
あの頃は、何もかもが無意識だった。

 カウンセリングは半年ぐらい通ったけど、最後ごろは自分がどうしたいのか分からなく
なり、私一人でカウンセリングに行くようになり誰の為にいっているんだろうと
思い始めカウンセラーの言ってる事がちぐはぐに聞こえてきた。
 私が何か聞いた時 ”あの時はダメだけど今は~していいよ”と段階や時期を終えるごとに
趣旨も変わり 接し方も変わる、、、次第にカウンセリングに対し
私不信感や疑問を持ちはじめ、躊躇い行くことをやめた。


 今思うと、その頃の私は孤独だった。
一人でどうにかしようと頑張った。 誰にも相談できずに・・・今まで強がって
「一人でも生きていける」という私のプライドで自分を傷つけ自分を守ってきた。
信じれる人は自分しかいない、、、と自ら周りとの距離をとっていた。

 そして、次男も不登校になった。















 









 

 



 


 

 






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コメント
- アイ母さんへ -
アイ母さんのモヤモヤ感を、想像を超え妄想、ゆ~らゆ~ら。
記事がアップされた頃、私もエネルギー切れてまして、コメント遅くなりました^^;

心地よい方向、心地悪い方向の瀬戸際なのかなと思いました。
私は、心地良い方向があるらしいと知った段階です(笑)

このコメント欄をお借りして、アイ母さんにありがとう。
自然でありたい私に、文章が自然体だと。。。
私は、こういうところをスルーする癖がありましたw( ̄o ̄)w オオー!
2010/06/16 15:41  | URL | ちえ #-[ 編集] ▲ top
-  -
ちえさんへ

 コメント遅くなってごめんなさい、、、
ちえさんもエネルギーきれてたのね^^;

>心地よい方向、心地悪い方向の瀬戸際なのかなと思いました。
>私は、心地良い方向があるらしいと知った段階です(笑)

うんうん^^ 私もここで今だグルブルすることあります(汗)
自然に心地よい方向を選べるように頑張る^^

>私は、こういうところをスルーする癖がありました

気付けて良かったね~ きっと次に繋げることができるよ^^




2010/06/21 09:58  | URL | アイ母 #-[ 編集] ▲ top
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