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コンプレックスと核
2014/03/03(Mon)
先日のセッションでコンプレックスの話がでたので振り返りとして
少し書きとめておこうと思います。


たぶん、ほとんどの方が多なかれ少なかれコンプレックスを
持っていることと思います。
人によってコンプレックスの持ち方に
”浅さ深さ”があり言葉の表現として私的にはフィット感あります。
また、浅い深いに比例して外面・内面として現れるのではないかと感じます。


内面を例えて、分かりやすいとこで自分の容姿だったり
人に見られたくない、知られたくない事、触れられたくない事柄などなど・・・
内面にある自から作り出すコンプレックス。
その内面の裏側にひっついてくる外面を例に挙げるとするなら
相手からどう思われているか、相手からの評価、相手との違い、相手との比較
など、相手(外面)を意識してしまうことで自ら生み出す劣等感(負の思考)
を人との会話の中で起きているのではないかと思います。

もしかすると”負の思考”事態も自身のコンプレックスにしてしまう可能性も
ありうるような感じもします。
なので”コンプレックスは自虐の第一歩”
まるで、赤信号、みんなで渡れば怖くないぐらいのような・・・


私もかつて貧乏だったこと、ボロ家、学力・・・親が離婚したことが
コンプレックスだったということをセッションで知ることができました。

あ、あとペチャパイちうことも~笑( *´艸`)例えが昭和チックだが
反対にデカパイの方もコンプレックスを持つ方もいらっしゃるやもしれませんね。
まぁ、私からしてみると「大きくて服が入らないのよね~
「肩が凝るわ~」などと言ってみたい。。。(ーー゛)
経験したことないんで羨ましいッス(≧▽≦)

この部分は、どなたかに?!に自虐ネタで毎回のように
”ペチャパイをみんなで言えば怖くない同盟”的な仲間に
いつの間にか入れられ(笑) 今や耐久力もつき
一緒になって いじけと自虐のハーフハーフ
で楽しんどりますが(≧▽≦)

貧乏やボロい家は見られたくない、知られたくない、
学力は相手との比較や評価を気にして
親の離婚は人との違いを感じ、そこを感じたくないために
強がることでプライドを強化していったり
ペチャパイは・・・・触れないで~~と(-_-)/~~~ピシー!ピシー!
相手からは感覚的に冗談でも言えない空気を私が
醸し出していたんだと思います。

私を含めてAⅭさんは 
コンプレックスを言えないことで感情を封鎖し我慢を溜めこみ
悶々とする気持ちが苦しくなり、癖や逃避することと
なるのですが、真の感情や根本の我慢は解消されず、むしろ抑え込む
ことになるので、その反動として
誰かに分からせたい、分かってほしいと訴えるのですが・・・

癖や逃避は最終的に
誰に言っても分かってもらえない
分かるはずがない、仕方のない環境だった、私だけこうなんだ、
これが普通の事、これが私の当り前、、、と諦めやすり替えることで
最も本人にとって出しやすい相手に言葉や応対にも威嚇やトゲ、殺気等で
周りを巻き込むという悪循環は自ら作っているということ。
そして関係性が近ければ近くなるほど強く出てしまうのではないかと感じます。

”コンプレックスを言えない”が続くことで人との会話や
やり取りの中で日常茶飯事に起きていて,それは幼少期の育生暦や
身近な相手とのやり取りの中で傷つき、辛い、苦しい、悲しい、悔しい出来事が
言えないコンプレックスとして深く深く たくさん抱えてしまい
思い出したくない記憶、感情があまりにも多すぎて
そんな積み重ねでますます言えなくなり、それを言うことは
封じ込んでいた記憶や感情=核に近づくこととなるので
本心(気持ち)を言うこと、話すことは”恐怖”となるのです。

今まで自分が普通だと思い込んでやり過ごしてきたことが
それぞれの時期もありますが子育て、親子間、夫婦間、友人間などの
ズレや違和感を感じ、周りと合わせようと無理ポジな自分を演じ強化していく・・・


きっと、一般の方はこれらのコンプレックスを浅く捉えてることもでき
相手からの思考をあまり感じることなく話すことで
気持ちの感情解放ができ、相手との関係を遮断するようなことは
しないのではないかと思います。


人との会話の中で自分で出した言葉や相手に言った言葉に
責任を持つ(どうして言ったのか?どう感じているのかという説明する)
ことを誰かに話すことで気持ちを整理することにもなり
自分の中に自然と入っていき意識できていくのかと
経験してみて感じることおおいにあります。
そして、自分が発した言葉は自分を気づかせることにもなり
相手から不快や嫌悪感ある言葉や対応だと感じたならば
そう感じる何らかの理由があるはず。


オープンに話せる相手、信用できる相手が一人でもいれば、
大きな支えとなってコンプレックスの深い部分を浅くできるのだと感じます。
まずは、誰かに話してみること。
間違っても、失敗しても、はずかしくても言ってみることで
気持ちが開いた状態になり
核を捉えることのできる一歩になるのかもしれません。














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