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理不尽がバレタ日
2014/10/08(Wed)
私の母が家を出て行ったのは私が高校2年生の時です。

その際、出ていく前後の予兆や不安、寂しさ、悔しさ、悲しさ・・・
そんな感情が一気に飛び込んできた日(核)から1年が経とうとしています。


先日のセッションで私の理不尽が暴かれました💦

母が出ていく前、母は私たち姉妹に聞いてきました。

「母さん出ていこうと思うんだけど、○○(私と妹)どうする?」

私はとっさに

「そんなの、一緒に出て行けるわけないじゃん!!」
と捨てセリフのように母に言い放ちました。

※ここで、母は私たちに着いきたいのか、残りたいかの意思と選択を
聞いてきているのです。
私は、その時 周囲の環境、友達、家から離れたくないということが
意思と選択が本心にあり、残ることを決断したことが事実にあります。

母から着いて行く行かないの選択をせまられたこと、言い放った言葉の一瞬のやりとりは
ショックな気持ち、悔しさ、寂しさ、悲しさ、不安・・・
たくさんの感情が複雑に混ざり合い、感じたくない本当の感情たちを封じ込めるには
憤りと怒りにすり変え母にぶつけ

"私たちは捨てられた”と
母を悪者にすることで自分を守ることが精いっぱいの状態。

同時に”一緒についていかなかった私” ”母を捨てた私”は
自分が罪悪感を作り、負わなくていい十字架背を負ってしまっていたのだと思います。

”私は悪くない””私のせいじゃない”罪悪感を感じない為
過敏に自分を守る防衛本能が反応し事に対して
言い訳がましかったり、相手のせいにする方向に仕向けたり、決めつけたり・・・
母を悪者にした理不尽が身にいたベースにあり
相手を悪者にするベースにするやり取りが当り前のように 
頻繁にあり家族に大きく出て、人との関わり方の度合いによって
大きくも小さくも出ていと思います。
その関わりの中で再現することで空虚を満たそうとし、
自分の寂しい気持ちや訴えを分かってほしいが為に
家族を巻込んでいたことに罪悪感を感じ
今は事例としてあれこれと出てきている状態です(-_-;) ウゥ、、、

自分で作った罪悪感を守り、自分の理不尽がばれなくするには
そこに正義感や裏切りという正当性を突き出し正当化して
その罪悪感が空虚を作り理不尽で補いバランスをとることで
エネルギーを注いでいたのではないかと・・・。
そこが家族を巻き込み窮屈にし、ズレを起こした実態。

罪悪感が空虚を生み、正当化して埋め理不尽を作る。

このセッションで母が私たちに一緒に着いて来るか来ない選択を聞き、
私は年齢的なこともあり、行くことに不安を感じ、友達や環境から離れたくない意思
を持ち、家に残りたいということが本心であり自分で選び
自分から母を断ち切ったことを、まるで母が私たちを捨てて行ったこととして、
全部悪いかのように仕立てあげていたこと・・・・これが私の理不尽。
父が可哀想とか、私が着いて行かない方が母は幸せ・・・は正当化。

それらを指摘されたときは、ずっと守ってきた罪悪感を知り感じたショックと
私が母に対してした浸隠しにしてた理不尽の化けの皮がはがれ露わになり
両方がとても突然で💦(きんたろうさん い曰く神降臨したらしい^^;)
セッション中、拒絶反応で薄くなってるのが分かり、現状に留まろうと
意識はしていたのだけど、今でも完全には整理できず状態。

今になって思う。。。

あの時 私は、母に出ていく時期をもう少し待ってと言えなかった。

思春期で多感な時期に私達の気持ちを察してほしかった。

あんな出て行き方して欲しくなかった。

私たちのことを大事にして欲しかった。 

この母の理不尽をいつか私が気持ちとして言えたらなぁと思う今、

私と母の罪悪感と理不尽で家族を巻き込み私と母の負った傷で家族を
傷つけてきた事実は消えないけれど変えていけることはできそう。

私と母はお互い自分の気持ちと意思を選んだだけのこと。

だれも悪くなかったんだな。。。





































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🌸卒業します🌸
2014/05/31(Sat)
今朝 卒業証書届きました

やっと・・・卒業の日。
この歳でもらえるとは(≧▽≦;)

4年と少々。。。色んなことがありました。
きんたろうさん、りんりんさんとの出会いから
メンバーさんたちの出会いと別れもありました。

今、こうして私が卒業できるのは、私の”諦めない心”。。。もありきだけど
そんなメンバーさんとのとの出会い、ずっと見ていてくてた人たちの大きな存在。

肌で感じたのはいつだっただろう・・・
感じることができたその時から私は変われたきがする。


圧縮卒業 <br />


これからインターン生として、まだまだ私自身の変化を楽しみに
そしてメンバーさんの架け橋になれたらと思います。

ここまで見守り、支えてくれたきんたろうさん、りんりんさん ありがとう。
これからも よろしく~を込めて。。。


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2014
2014/01/03(Fri)
あけまして 数日経ちましたね^^
今年もどうぞよろしくお願いしまつ

身内事ですが昨年、秋頃 やっとのことで
母が私たちのもとへ帰ってきました。

なので、今年は数十年ぶりに母とお正月を迎えることができて
近年にない賑わいと嬉しさと安堵感を感じ穏やかで楽しい
お正月を迎えることができました。

振り返ってみて、あなここへきて四年が経ち
昨年は今までで一番充実した1年となりました。

一昨年末から今日まで共にしてきた
メンバーとの別れ、新メンバーとの出会いもあり、
その出会いと別れは私にとって大きな変化と
真剣に自分と向き合うきっかけにもなり
前向きに時々後ろを振り返りながらも(笑)一生懸命に
突っ走ってきた年でもありました。

色んなメンバーとの交流、楽しむこと、挑戦すること、配列崩し
プライドを折る。。。
がむしゃらに取り組み、その中で失敗や恥ずかしく思うこともあったり
メンバーと気軽に話せるようになったり、愚痴を言い合ったり。。。
今まで以上に少し踏み込めた関係を作れるようにもなりました。

向き合うことで課題や自分の向き合い方の方向性が定着することもでき
そんな時期にタイミングも重なったことも大きな後押しでしたが
今では、そのタイミングを作れたのも自分の変化で周りが自然に
動いたのかな~と感もじます。。。

結果、”恐怖を捉える”という自分の核に出会え、その後 
自身の目まぐるしい変化を感情と言葉が一致する手ごたえを
感じることが出来ました。
<※”核の恐怖”のことは後日、改めてブログ化しようと思っとります^^;>


今月、長男の高校受験を控えピリピリと張りつめた感じや
頭では分かっていても気持ちが前に進まないジレンマ、、、
私も経験してきたこと。
見守るしか出来ない無力な私は長男とどれだけの一致感を
合わすことができるかで、今からの方向性を左右されるのだと思うと
対応に意識もって相手を感じとることを心がけています。

以前は、誰か一人をターゲットに集中して見ることで他者は
放置状態の私でしたが、これも あなここで露わに出て自分も
体験したことで気づき向き合うことで少しずつ
見直していけるようになり だいぶん、家族でも
あなここでも全体を見れるようになり
感じることもできるようになったかと思います。


今年の目標としては伝えていくこと、そして
あなここを卒業することです。


っと、目標設定したところで余談ですが(≧▽≦)

今年2度ほど、きれいなアーチのある虹を見ました。
偶然なのか、なんなのか。。。
いつも不思議と気持ちが雨上がりのスッキリした
時に見れたように思います。

この歌詞が実に昨年の私にフィット感ありました♪
※ちょこっと、うっとり混入しとりまふ(笑)











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恐怖の中に配列がある
2013/11/27(Wed)
今年も残り一カ月となりましたね~冬の冷たい空気と匂いが増してきました~^^
時が経つのが早すぎる💦

毎年、早めにこたつを出し遅くに収める。。。の我が家ですが
今年はまだお目見えしてましぇん(笑)
出し収めが面倒い~~でこの行為事態を片づけていましたが、
ここへきて何故だろう???と考えてみた。
こたつを出さなくても寂しくない(≧▽≦)寂しさが軽減してる・・・
ここがフィットしまつ(*^-^*)つうことは私にとって
こたつは表面上の暖かさだったのか?!とも思いながら冷え性の私ですので
そろそろ出そうかな~つう感じでつ^^


先日、1期生GSがありましたので、ちと振り返ってみようと思います^^

テーマは”恐怖感”

人とのコミュニケーションをとることが苦手、疲れる、辛い、面倒い・・・etc
または、なにか行動に移す時に躊躇がある場合、根底(核)に恐怖感が発動し
自分の怖さや怯えの感情を感じられない(感じたくない)
または自覚できなかったり(自覚したくない)「怖い」と言えないで
独自の癖で恐怖感を逃してしまっているということだと感じます。


人とのやり取りの中で”怖い”の感情を感じて自覚することが回復に大きな差が
あるらしいのですが育生暦から、ACさんはその感情をスルー(逃す)してしまう技を
育生暦によって身につけてしまい、自分の恐怖感を相手に悟られたくない、触れられたくない、
聞いてほしくない、話したくない、知られたくない、傷つきたくないを防御するために
それぞれのやり方で威嚇する、冷静を装う、動揺する、パニックになる、無理ポジ
正当化する、過去に引き戻る、という現象が起こるということが分かってきました。

逃しの技や癖、出し方、は人それぞれで、自虐型、他虐型、無関心型の大きく
分けて3タイプから自分がどのタイプに所属し
どういう逃し方、出し方をしているのか?どんな癖や配列があるのかを
人と話していくことによって明確になっていくのだと思います。

私の場合は3タイプからだと無関心型(スルー型ともよびますか・・・^^;)
表面上の配列(物事の配列)は少なく執着も比較的に
薄いかな~という感じですが、気持ちの配列は多大にあり
自分の感情も感じられないから、相手の気持ちも
読み取ることもできずスルーしてきていたと思われます。

根底にあるのは母が突然家を出ていったこと。
そこから空虚感が生まれ人が自分から離れていくことの恐怖感や
裏切られることの恐怖感が気持ちの配列であり今までの
私を作り出してきたのかと思います。

そして母が出ていったのは

私のせい?
私のことを嫌いになったの?
私が負担になったのかもしれない・・・から

人とのやり取りで言葉や対応の中で繊細、過敏に受け取捉えをし
勝手に傷つき、嫌われること、無視されることが”怖い”という恐怖感に
蓋をし自覚することも言葉で言うこともせず
人が離れて行きそうだと感じた時や友達と疎遠になっても
”私は大丈夫~”と無理ポジな私で逃し、
気持ちと言葉を一致させずにきて”嫌われる”ことを感じたくない為に
人と関わることを遠ざけ疎遠にすることで拒絶することをやってきました。

人に甘えちゃいけない、迷惑かけちゃいけないという
思考癖や我慢から冷静淡々とした私を演じ
しっかり者の私に頼ってもらえることで相手から寄ってくる
という技が身につき私から人を受け入れることはせず
”受け身な私”をプライドにすり替え、自分から人に近寄ることで
嫌われるかもしれない・・・といことを防御していたんだと思います。


今回のセッションで自分の絡まった糸みたいなのが少し解けたような
感覚がありました(*^-^*)

















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旧友
2013/09/07(Sat)
 8月終わりごろから涼しくなり過ごしやすくなりました~^^

先日、同窓会…といっても3人ですが^^;(ほぼ、女子会)に行ってきました。

 その友達とは、一人は幼稚園からもう一人は中学校からの友達。
3人共、中学2.3と同じクラスで学校帰りの中間に私の家があって毎日のように
うちへ寄り道してお菓子食べたり、漫画を読んだり、音楽聞いたり
くだらない話で盛り上がり雑談してお腹抱えて大笑いし
日曜日には駄菓子屋行ったりお好み焼き食べに行ったり
一緒にお菓子作りもしました。
時には3人という関係にギクシャクしたり、嫉妬したり
無視ったり、ケンカしたり・・・
そんな、たくさんの思い出があります。

そして中学卒業後の高校は私だけ他校へ。
二人に何度も一緒に同じ高校を受験しようと誘われましたが、
「あそこの学校は遠いから」とか「あの学校は好きじゃない・・・」
とウソをつき彼女たちと同じ高校は受けませんでした。
何故なら、私は学力コンプレックスを持っていたから。
本当は一緒に受けて一緒に高校へ行きたかった。
一人だけ受験に落ちることを想定し”みじめな私””かわいそうな自分”
を二人に見せたくないという、思われたくないというプライドがあり
別の高校を受験しました。
後に学力コンプレックスは、”あなたたちの為に”と
私の押しつけで子供の意思なく塾や習い事へ行かせ朝から塾の宿題
をやらせ、遅くまで宿題をさせたりと勉強に遅れないようにと学習面で
子供たちを苦しめてしまいました。
今は私が持っていたコンプレックスで子供たちの意思を奪い
押し付けだったとわかり、別の高校を進んだことで新たな出会い
もあり、高校の友達とも今でも連絡取り合える仲で
楽しい思いでがあったことを無にしていました。


二人の友達は高校が別でも暇さえあれば家に遊びに来てくれ
中学の時と変わらず高校卒業し就職し結婚するまで遊び方が変わっても
連絡取り合っていました。

そして、それぞれに結婚し子供の年齢もそんなに離れてなく
子供が小さい時には、たまに遊んでいましたが、ここ数年間は私自身がいっぱいいぱい
ということもあり、お互いに家が近くもなく、仕事や家庭優先になってしまったことで
3人で会うことは難しくほとんど盆、正月のハガキか年に1~2どぐらいの電話かメールでの
付き合いになっていました。ほとんど音信不通状態。

 ですが、1番はやはり私の意地っ張りが発動してました
連絡取らない、取りたくないという意地っ張りは私が寂しいと感じて起こる行為。
そこが今、意識化できるようになりました。
会わない間、私は二人に対して意地をはっていました。
連絡来ないなら、私もしない。会わないなら、私も会いにいかない。
相手と私の関わり合い方で、近ければ近いほど、仲良ければよいほど強く
でてしまうのも分かります。

最近、私が携帯をスマホに変え、ラインという気軽に連絡取り合える
アプリもあってか、私が変わったのか・・・(笑)

今回、そんな意地っ張りを取っ払い、私から声がけすると
待ってました~とばかりにラインで友達二人と色んな思い出話に盛り上がり
止まらず、3人一致で会おうということになり久々に3人同窓会決行


久々に3人で会うとちょっと照れくさい感じもありましたが、
すぐに懐かしい話に花が咲き、面白ろ楽し話に腹抱えて笑い
マスカラも取れ、淡いやらドロドロやらの恋愛話、ケンカした話、
悪ふざけした話(今は時効的な)は記憶が飛び飛び~なこともあり、
みんなで記憶を遡りつじつま合わせ・・・笑
子供の話、親の話、年齢的に老後の話というしんみりした話など会話は
尽きることなく帰宅したのは午前3時前

二人に会えたことも嬉しかったけど意地っ張りを取り外したことで
緩んだ自分も感じることができました。

そして友達がしみじみと言ってくれました。

「○○(私)の家って、めちゃ落ち着いたよね~あの家好きだったよ…」


うちのようなボロ家でもそういってくれる友がいる。
今、家はないけれど暖かい思いでと記憶は残るし、その思い出を一緒に
語れる友達がいるということに胸が熱くグッとくるものがありました。

ここ最近、大きくも、小さくも色んな意地っ張りを取っ払うこともでき
取っ払う前には迷いと波と葛藤を何度も繰り返す。
取っ払ったあとの緩んだ自分も感じる。

まだまだ、たくさんの意地っ張りが私の中にある。
意地を張ってても何も変わらないし、自分で自分を
寂しい方へ引っ張っていくだけ。

私の場合、
意地を張るから寂しくなる。
寂しいから、意地を張る。

緩むことで意地っ張りを払拭できる勇気を持てるんじゃないかなと感じる。

緩む=人の存在。

緩むには自分の軸を持ちつつ、人と本音で向き合うこと。話すこと。

本音で向き合う関係性が持てる相手が多いければ多いほど
自分も緩んでいけて意地張る自分もなくなっていくんだろうな。

同窓会。。。これからも声かけてみよ^^

























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