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子は親の鏡
2010/04/14(Wed)
 今日は、お天気良く 晴れ日和。
私は珍しく朝から日記を書けてます^^
息子達は休んでるけど、平常心に徹し自分自身で心を落ち着かせてます。

 
 今、旦那の父(義理父)は病院に入院しています。
私は義理父のことをいつも”ちち”って呼んでます。義理母のことも”はは”と。
ちちは昨年、定年退職をしその後、旦那の仕事を手伝いそのお小遣いを足しにしながら
趣味にしていた畑を広げ”野菜を売りたい”という夢(願望)を持った矢先、
病気になってしまい入院を余儀なくされました。

 息子である旦那兄弟の中に女の私が嫁に来た結婚当初から可愛がってくれ
堅物で不器用ではあるけど私に対してはユーモアがあり親父ギャグをいい
私もツッコミを入れながら旦那の実家で食卓を囲むこともあります。
はは は、よくそのギャグを罵声しちちに嫌悪を表しますが・・・^^;


 そんな ちちは孫である息子達をとても可愛がってくれます。
一緒に犬の散歩へ行ったり、川へ連れて行ってくれたり、公園で野球してくれたり。。。
息子達も”じいじ”のことは大好きです。
この度の病気のことも伝えています。
二人とも「じいじに、手紙を書くから渡してほしい」と言われ
渡しに行くと少し涙ぐんでいたように見えました。
 長男は初孫で人一倍可愛がり、人一倍心配しています。
勿論、学校へ行っていないことも。
このことは後日またブログ化しようと思います。


 一昨日、旦那から「親父のところに昼間見舞いに行ってくるよ」と聞いていました。
ですが結局、昨日の昼は忙しかったようで 夕方から次男と歯医者を予約していて
行けませんでした。
 すると、その夜 ははから電話あり話す言葉やリアクションで何か言われてるな~
と察知していました。

「あ~ 分かった分かった・・・ 仕方ないじゃないか~ 今、そんなこと言うな!」など。
どうやら、旦那が病院へ行くと言ったのに
行かなかったことに ははが 腹を立てているようです。

旦 「ほんま、うるさい!」

私 「(笑)あんたも嘘つきじゃ~ん。
   ”昼にお見舞い行く”って言ってたし」

旦 「忙しかったんじゃけ~仕方ないじゃん」

私 「無理なことを押しつけられるって嫌じゃない?」

旦 「それって何が言いたいん?」

私 「昨日、子供達のこと私に”嘘つき”って言ったじゃん」
   あんたは昨日私に”昼に行く”って言ったよ。」

旦 「・・・」

私 「こんな時、”忙しかったんだね。 行ける時でいいよ~”
   って言ってもらえるのと ははみたいに言われるの
   どっちが気持ち的に楽なの?」

旦 「ん~・・・」

私 「あんたは、そんな風にして子供に言ってるよ。はは そっくりだよ。笑」

旦 「お前はどこかの宗教か!」

私 「どこの宗教に入ってるかと思うのは勝手だけど、どっちを言われた方が
   自分にとって気持いいかだよ」

と、捨て台詞のように私はお風呂に入った。
これ以上話したらバトル化してしまいそうで・・・^^;

 旦那は ははの影響が強いな~”子は親の鏡”だな~と感じます。

今の私達と旦那の家族構成は一緒です。
同じ場面を多々、感じることもあり 旦那の家は ははで回っていて・・・
いい見本でもあり 悪い見本でもあります。
目の当たりにしていると 私が変わらないと将来の家族はこうなるのかと思うと
引き締まる思いです。
 
 私の家族(N家)も旦那の家族(A家)も”鏡”です。
その、鏡を見て、感じてどう変えなければならないのか・・・
どっちへ どうころんでも生きづらいのです。
そして 次世代の子供達を救うのは私達次第なのかと思います。



 
 






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なんだかな~・・・
2010/02/04(Thu)
 今日のこのブログを書くことに少し時間がかかりました。

先月1月31日のことです。 この日は義母の誕生日。 

結婚して10年くらいは毎年プレゼントを渡していましたが、この2~3年は

渡していません。 前日に義父から旦那へ「明日は、母さんの誕生日だから家に来い」と

連絡が入っていました。

 義父が今まで、こんなことを言ったのは初めてです。

私は「え?!義父が?珍しいね~ どうして?」

旦那「そんなこと 知らんよ。最近、子供達が寄り付かないから会いたいんじゃない?」

と、いってました。

 義父は昨年の夏に定年退職をしており、今は畑を借りて野菜を作ったり、

主人の仕事を手伝ったり・・・毎月、定額の金額をお給料として渡しています。

 前日の夜から息子達の友達が4人ほど泊まりに来ていて、何をするわけでは

ないけれど、少し疲れてて”行かなきゃいけない?!(><)”とも思いながら

 その根っこのあるもの・・・

息子の不登校話がでるから。 

ここは、私の ”逃げ”なのか ”行きたくない”という自分の気持ちを優先するべきか・・・

”義母の誕生日”と題して孫に会いたい、心配を私たちにぶつけたいのかな~と。

勿論、義父が義母への気遣いでもあるでしょうけど。

 でも、働かなくなった義父の居場所の狭さは自分でそう感じてしまっているし

普段から子供である旦那や義兄、義父に

「義父さんの給料が減ったからどう生活しよう」とか「私がどんな思いして専門に行かせたか・・」

と結婚前から誰の前でも嫌みに金銭面のことを言うので未だに操作していることは目に見えてます。

 そんな、義父母 共に沢山の荷物を背負ってここまできているんだと思います。

以前は「どうして、あなたのお義母さんはあんなこと言うの?」「自己中だよね~」

なんて言ってたけど、今は 特に何も思わず、孫だから心配するのは無理もないし

それは、義父母の気持ちだし息子達が「ばあばん家に行きたい」と言えば行かせるし・・・

息子が何か言われたとしても息子と義母のこと。

と心に決め祝い酒を持ち旦那の実家へ出向きました。

 ただ、 やはり・・・とてもゲームを仕掛けてきます。 私にも、息子にも。

行った瞬間、「これ、受け取って^^何も お嫁さんに出来ないし気がつかない私だけど

誕生日祝いに・・・」って、ご祝儀袋を渡されて(汗) 私も誕生日が1月でして。

「え~、今日は母の誕生日じゃん。 受け取れないよ~いいよ、いいよ~」

って言ったけど、返しても受け取らないと解っていたから・・・プライドの高い義母。

 今も、開けずに母の日にでもお返しするかなと・・・思います。

そして、母の誕生日であるのに食事を頂き、やはり ”来たか~~~!” 不登校話。

義父「ヒロトは6年生になったら学校へ行くのか?」

ヒロト「・・・・」 義父、私の顔を見る。

私「どうでしょうね~^^神のみぞ知るってとこでしょうかね~」

義母「ヒロトは誰のいうことなら聞けるの?」

私「え?!ゆうことを聞くってどういうこと?」

義母「たとえば アドバイスとか、信用できる人とか、この人の言うことなら大丈夫
みたいな感じよ。  誰?お母さん?」

って、考える隙をあたえず義母が答え出してるじゃん。とわたしの心中。

ヒロト「んん・・・母さんかなぁ」

義母「私も、〇〇大学の△カウンセラーに色々聞いてみたんよ。やっぱりお母さんが(私)
こうだからヒロトもこんな風になったんじゃね」

私「こんな風?っていつ私を義母は見てるの? 私はいま、どうしてこうなったか・・・って
追及するよりヒロトの気持ちに寄り添うことが先決だと思うんだけど。
無理に学校行かせてどうなるの?ヒロトの意思で行くと思えんとって思うんだけど」

と少し興奮気味な私。

私が義母に今の自分の状況話をしたって通じない。 

それは、中尾先生も言っておられ、”甲羅がカチカチすぎてお義母様は無理でしょう”と。

きっと、話して、その時分かってくれても堂々巡りなのかな~って。

それならば、人を動かすことよりまずは私が変わり息子達が・・・主人が楽になり

それをみて、義父母の心配を取り除くことなのかなと感じる。

この3~4日、ご祝儀袋を見ながら 気持ちで伝えることができずお金で

代償行為をする義母だって苦労してきたものね。

 私は、義母父にも実父母と同じことを願う。

今まで、苦しい時代に辛い思いをしてきた。一生懸命に・・・だから 私達のことより

自分の為に人生を生きて欲しい。 それが 私達の幸せ。



 






























  

 
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